デユッセルドルフとノルトライン・ヴェストファーレン州における日本

ドイツで「日本」といえば真っ先に挙げられるのがデュッセルドルフです。60年前から続くこの発展の第一歩を踏み出したのは、日系商社の社員でした。商社員が家族を呼び寄せ、小売店、銀行、医療機関、書店、運送会社、保険会社、商工会議所、総領事館といった、生活に欠かせないインフラが徐々に整ってきたのです。さらに日本人学校や日系幼稚園も設立され、2014年からはデュッセルドルフ‐東京間にANAの直行便が運航しています。デュッセルドルフが「ライン川沿いの日本の首都」と言われる由縁はこのように多数挙げられます。

ルール工業地帯の事務机

1920年代には、日本にとってドイツで最も重要な地域といえばまずハンブルクの港で、続いてベルリンでした。第二次世界大戦後、日本で重工業の機械・製品への需要が一気に高まると、当時「ルール工業地帯の事務机」として世界的に知られていたデュッセルドルフは、鉄鋼と機械製造をはじめとする重工業のノウハウを収集するのに最適の立地として注目されるようになります。さらにヨーロッパの主要工業地帯の中心に位置するという地の利も加わり、デュッセルドルフは販売や資材・情報収集のあらゆる面において日本人に理想的な拠点として認められるようになりました。

デュッセルドルフに拠点を置く日系企業は365社

日本からの最初の「偵察員」たちが1952年にデュッセルドルフを訪れて以来、1954年にまず三菱商事が、続いて1957年には大倉商事がデュッセルドルフで商業登記しました。そして当初はゆっくりと集まりつつあった日本人のコミュニティは、日本の国際貿易における急成長と共に急速に拡大していきます。今日ではデュッセルドルフの日本人コミュニティはロンドン、パリに続いてヨーロッパで第三の規模で、デュッセルドルフの都市部だけでも約6500人が、ノルトライン=ヴェストファーレン州では約1万2500人の日本人が暮らしています。また、同州には約570社の日系企業が所在していますが、そのうち365社が州都デュッセルドルフにあります。同州で働く日系企業の従業員数はおよそ3万2000人に上ります。(2016年3月24日現在)

 

ドイツに住む日本人の4分の1はデュッセルドルフ在住

日系企業の活動はいつしかデュッセルドルフ市内には収まりきらなくなり、市の周りには特に広大な敷地を有する企業が拠点を設けるようになりました。その結果、デュッセルドルフを中心とする地域にはドイツ在住日本人の実に4分の1以上が住むようになり、続いてフランクフルト、ハンブルク、ミュンヘンといった特定の産業分野に秀でた都市に日本人が多く居住していますが、その数はデュッセルドルフには遠く及びません。

デュッセルドルフ日本クラブ

1964年に設立され、現在約4000人の会員を数えるデュッセルドルフ日本クラブは、市内でも大規模な団体の一つです。同クラブの1年後に日本国領事館が設置され、領事館は間もなく総領事館へと昇格されます。そしてついに1966年、デュッセルドルフ日本商工会議所が設立の日を迎えました。当初は60社の会員企業で始動した同商工会議所ですが、現在では正会員・特別会員合わせて500社以上が参加しています。
 

デュッセルドルフ日本人学校

1971年に開校したデュッセルドルフ日本人学校は、仮校舎の時期を経て、ライン川左岸のオーバーカッセル地区に新校舎を建設しました。保護者による団体「日本人学校登記社団(Japanische Internationale Schule e.V.)」が施工主となり、市が土地を提供したのです。6年制小学校と3年制中学校から成る同校は、完全に日本の教育システムに則り、約550人の児童や生徒が日本人教諭(多くは日本から派遣)から授業を受けています。日系の幼稚園は、1983年に最初の施設が設立されて以来、現在では4園を数えるまでになりました。

 

惠光センターと独日センター

「ドイツ惠光日本文化センター」の存在により、日本人市民がいかにデュッセルドルフに祖国の空気を感じているかが十分お分かりいただけるでしょう。広大な日本庭園内にはイベントや学習用に利用される施設や仏寺が建てられています。また、街の中心にあるインマーマン通りに1978年に設立された独日センターは、どこか和風の建物で、街に日本の彩りを添えてくれています。1億8000万マルク(当時)という、デュッセルドルフの日本人による単独出資としては過去最高金額を費やした同センターの複合ビルには、10以上の企業や機関が入り、多くの職員や従業員が働いています。同センター内の企業・機関には、例えば在デュッセルドルフ日本国総領事館、デュッセルドルフ日本商工会議所、旅行代理店、そして日本食レストランのある収容人数600人のホテルなどが挙げられます。

 

日本人はデュッセルドルフの生活の一部です

日本人とドイツ人の間にあるのは、理解する心、共感、そして助け合いの精神です。これは1964年に創立された独日協会の貢献によるところもありますが、市と日本人コミュニティのたゆまぬ交流の賜物でもあります。日本人に倣って控えめに表現しても、日本人の皆様がライン地方の文化行事にごく自然に溶け込み、市の音楽界を盛り上げ、芸術文化を豊かにしてくれていることは疑いようのない事実です。

 

日本ポップカルチャーのライン地方のメッカ

デュッセルドルフはアニメファンが集うドイツ最大のイベント、DoKomiの開催地でもあります。アニメ、漫画、ゲーム、コスプレ、音楽、ファッション、最新トレンド等の日本のポップカルチャーにフォーカスし、革新性を特徴とする大人気の日本関連イベントDoKomiでは、多数の展示やステージプログラムをお楽しみいただけます。前回は2万人以上の来場者を集め、皆様に大変ご満足いただきました。2016年のDoKomiは4月30日~5月1日にデュッセルドルフ・コングレスセンターで開催されます。DoKomiの詳しい情報はHPでご覧下さい:www.dokomi.de 

 

日本庭園

日本人とデュッセルドルフ市民の共生関係は時と共に深まる一方で、今や両者は友情の絆で固く結ばれています。日本人コミュニティは、日本人を温かく受け入れてくれたデュッセルドルフ市民への感謝のしるしとして、1975年に日本庭園を作庭しました。北公園(Nordpark)内に、180万マルク(当時)を投じて作られた5000平方メートルにも及ぶ広大な日本庭園は、デュッセルドルフ市民の憩いの場として長く愛されています。また1988年にはデュッセルドルフ市の創立700周年を記念して、日本人コミュニティは「デュッセルドルフ・日本奨学基金」を創設しました。この基金により、毎年数名の地域の専門家が日本研修旅行に派遣されています。このような相互理解の努力は、さまざまなレベルでのコミュニケーションや、多くの文化交流イベントからもうかがうことが出来ます。

デュッセルドルフ/NRW 日本デー

「日本デー」の模範となったのは、1983年の「第一回日本週間」です。その後同プロジェクトの一環として、1999/2000年の「日本年」には、デュッセルドルフ市内だけで約100ものイベントが開催されました。この時のプログラムは、日本側は日本人コミュニティと総領事館が、ドイツ側ではノルトライン=ヴェストファーレン州とデュッセルドルフ市が担当し、企画、製作、出資を行いました。

2002年からは、毎年5月もしくは6月にデュッセルドルフで日本・ドイツの一大交流イベント「日本デー」が開催されており、市の催しの中でも最も人気のあるイベントの一つとなっています。「日本デー」ではデュッセルドルフ在住の日本人による日本文化の紹介もあり、特に着物の試着、書道、武士グループの演武、音楽グループの演奏は毎回好評を得ています。そして最後は、恒例の豪華打ち上げ花火です。この打ち上げ花火では日本から花火師を招いて特別仕様の花火玉を打ち上げ、盛大にイベントを締めくくります。

このように、何十年も協力を重ねるうちに関係は深まり、デュッセルドルフは今や長年の実績に裏付けられた、本物の「ライン川沿いの日本の首都」となりました。

 

 

ドイツ在住日本人の約4分の1がデユッセルドルフに居住しています

日系企業の活動はとうに市の境界線を跳び越えています。デユッセルドルフ近郊には土地集約的な企業が操業しており、その為デユッセルドルフ地区にはドイツに在住する日本人の4分の1以上が在住しています。その次に大差をおいて、特定の業種において有利な所在地となるフランクフルト、ハンブルク、ミュンヘンが続きます。

日本クラブ

5000人以上の会員を持ち、この街で最大の協会でもある日本人クラブは1964年にここデユッセルドルフに創設されました。1年後には日本領事館が開設され、まもなく日本国総領事館へ昇格しました。1966年には終にデユッセルドルフ日本商工会議所が創設され、60社の法人会員によって始まったものが今日では500社以上の地元会員及び準会員と共に活動しています

1971年より日本人学校が設立され、何年かの仮住まいの時を経て現在ではライン左側オーバーカッセル地区の新築ビル内に根付いています。これには生徒さん達の父兄が設立した登録協会「日本人学校(Japanische Internationale Schule e.V.)」が施工主となり、デユッセルドルフ市が土地を提供しました。この施設は完全に日本の教育システムに則り、6年間の小学校教育、3年間の中学校教育に分かれています。ほぼ650人の少年少女が主に日本から派遣された先生から授業を受けます。1983年には最初の日本人幼稚園が設立され、現在では4つの日本人幼稚園があります。

恵光日本文化センター及び独日センター

「ドイツ恵光日本文化センター(EKÔ-Haus der Japanischen Kultur)」は、東アジアからの同胞がいかにデユッセルドルフに根付いているかを示しています。大きな日本庭園の中心にイベント及び研究センター、そして仏教寺院が建っています。街の中心であるインマーマン通り(Immermannstraße)には、1978年に街に建築的に東アジアの雰囲気をもたらす独日センターが建設されました。当時約1億8千万マルクという、現在でもデユッセルドルフにおける日本からの最大の投資による複合ビルディングは約12社の企業、機関の従業員に雇用機会を提供しています。日本国総領事館もここにあり、デユッセルドルフ日本商工会議所、旅行会社、加えてベッド数600を誇り、日本レストランもあるホテルもここに入っています。

日本はデユッセルドルフにおける生活の一部です

1964年に設立された独日協会の協力、また街と日本人コミュニティー間の絶え間ない話し合いを通じ、理解、共感、人助けといった要素が日本人とドイツ人市民の関係を特徴付けます。日本人に典型的な謙虚さにより、日本の息子、娘達はもちろんライン地方の伝統イベント風景のように重要であり、街のコンサートシーンや造形美術を充実させてくれます

ラインにおける日本のポップカルチャーのフォーラム

デユッセルドルフはまたドイツ最大のアニメファン集会、ドコミ(DoKomi)のホストでもあります。この人気の日本大会は、2015年5月23日、24日に多彩な出展者やステージプログラムをもってコングレスセンター・デユッセルドルフにて開催されます。大会ではアニメ、漫画、ゲーム、コスプレ、音楽、ファッション、最新のトレンドなど日本のポップカルチャーに焦点が当てられています。その際ドコミは革新的なアイデアを盛り込んでおり、前回は1万7千人の来場者を集めました。ドコミに関する詳細に関してはwww.dokomi.deをご覧ください。

日本庭園

日本人とデユッセルドルフ市民の共生はどんどん密になってきており、既に友情のような性格を帯びています。受けたホスピタリティーへの感謝の印として、日本人コミュニティーは1975年にデユッセルドルフ市民の為に日本庭園を建設しました。当時1億8千万マルクが費やされたノルトパーク(Nordpark)内にある5千平方メートルの広さを持つ施設は、既にデユッセルドルフ市民に人気の場所となっています。1988年の市制700年記念では、日本人コミュニティーが「デユッセルドルフ-日本研究基金(Studienfonds Düsseldorf-Japan)を設立し、その収益金から毎年この地域の専門家を日本への研修旅行へ送り出しています。相互理解への努力の現われが、多彩な面における密接なコンタクトとふれあいイベントの充実です。

デユッセルドルフ/ノルトライン・ヴェストファーレン州における日本デー

まず1983年の最初の日本週間から始まりました。このプロジェクトに沿って、1999年/2000年に日本年が企画され、デユッセルドルフだけで約100件の個別イベントが行われました。この企画のプログラムは、日本側では総領事館と日本人コミュニティーから、ドイツ側ではノルトライン・ヴェストファーレン州とデユッセルドルフ市が企画し、形成し、資金を出しました

2002年よりここデユッセルドルフでは毎年5月または6月に日本デーが開催されます。このイベントはデユッセルドルフにおける人気イベントのひとつになりました。ドイツと日本のふれあいフェステイバルの一環としてデユッセルドルフに住む日本人が来場者に自国の文化を紹介します。その際着物の試着、書道、侍や音楽のグループは定例のハイライトになっています。最高のフィナーレは伝統的な日本の打ち上げ花火で、この為にわざわざ日本から花火師と特別な花火がやってきます。

何十年に及び、強くなっていった協力体制の中でお互いに親しくなっていきました。「ライン河畔の日本の首都」という概念は既に活気で満たされています。